【50代女性】
重度歯周病でたくさん抜歯と言われたが抜きたくない
重度になるまで歯周病に気づかなかった症例
患者さんは、他院で「痛くなったら治療する」ということを繰り返してこられました。今回、奥歯で固いものを噛むと痛みが出るため、心配になり来院されました。
当院で精密検査を行うと、レントゲンで歯を支える歯槽骨が全体的に大幅に吸収していることが確認できました。とくに臼歯部分は、3分の2以上もの歯槽骨を失っていました。多くの歯の歯周ポケットは6ミリを超え、大臼歯からは排膿も認められました。また、噛み合わせの土台となる特に重要な歯である『Keytooth』(キートゥース)までも失っていました。
ご自身では全く自覚がなかったため、重度歯周炎(広汎型慢性歯周炎 ステージIV グレードB)という診断に大変驚かれていました。
歯周病は、歯周ポケット内で細菌が増え、さらに深く入りこむことで起こる感染症です。体の免疫力とのバランスの中で、進行と停止を繰り返しながら、数年〜10年単位という長い時間をかけて無症状のまま進行します。このため、痛みなどの症状が出たときには、すでに手遅れに近い状態となっていることが少なくありません。症状が出る前にご自身で気づくことは極めて困難なため、歯科医院での定期的なチェックが不可欠なのです。
治療計画は、歯周基本治療、歯周外科治療、口腔機能回復治療の順に進めることが世界のガイドラインで定められています。歯周病は1本の歯だけでなくお口全体に広がる病気のため、全ての歯を診る「全顎治療=包括的治療」が必須となります。日本でも成人の多くが歯周病に罹患していることから、当院では「多くの方が罹患している可能性」を前提に、まずお口全体の精密な検査から治療をスタートします。
治療前
治療中
治療後
一見すると健康な歯に見えるかもしれませんが、歯の付け根の歯ぐきが下がって、歯の根元が見えてしまっています。これは、歯周病によって歯を支える骨や歯ぐきが失われた結果と考えられます。特に歯と歯の間では、歯ぐきが大きく失われていることがわかります。
さらに、被せ物(クラウン)と歯ぐきの間に段差や隙間が見られます。このような「不適合なクラウン」は、細菌の塊であるプラークが溜まりやすく、歯周病をさらに進行させてしまう原因となることがあります。
【治療中】
歯周病の初期治療(歯周基本治療)を終えても、最初に「奥歯で固いものを噛むと痛みが出る」という症状があった大臼歯(奥歯)の部分に、深い歯周ポケットが残ってしまいました。そこで、失われた骨を再生させるための「歯周組織再生療法」を行いました。
歯ぐきをそっと開いて内部を確認すると、歯を支える骨が大きく失われている部分(骨欠損)や、根の深い部分にまでこびりついた歯石、さらには歯の根の分かれ目(分岐部)にまで病変が広がっていることがわかりました。
これらの問題に対して、失われた骨の奥深くまで丁寧に、感染した組織(不良肉芽)や歯石を徹底的に取り除きました。その後、骨の再生を助ける特殊な材料を入れ、歯ぐきを丁寧に縫い合わせて治療を終えました。これにより、今後の骨の回復を促し、歯を長持ちさせることを目指します。
【治療後】
再生療法で骨の再生を促した後、歯並びと噛み合わせを整える「歯周矯正治療」を早めに行いました。この矯正治療は、ただ歯並びをきれいにするだけでなく、歯周病の治療の一環としてとても大切です。
特に、歯周病が重度になると、前歯が前に突き出たり(フレアアウト)、奥歯が傾いたり(臼歯部の近心傾斜)することがよくあります。このような状態では、歯周病がさらに悪化しやすくなったり、せっかく再生した骨にも負担がかかったりしてしまいます。そこで、矯正治療によって歯を正しい位置に戻すことで、歯周組織の再生を助け、骨が失われた部分をより良い形に修正することが可能になります。
治療の途中と最後に、お口の状態が計画通りに改善しているかを詳しく確認(再評価)しました。その結果、歯周病が安定し、歯並びも整ったところで、最終的な被せ物(クラウン)を装着しました。今回は、歯周病で歯がグラグラしていたため、いくつかの歯を繋げて被せる「連結クラウン」という方法で、歯をしっかり安定させ、噛む力を分散できるようにしました。
実は、重度の歯周病では、歯周矯正治療が非常に重要な役割を果たすことがわかっています。ある研究では、ステージIIIの重度歯周炎の患者さんの半数以上(50.7%)、さらに重いステージIVの患者さんでは9割以上(91.3%)に矯正治療が必要だと報告されています。
治療前
(レントゲン)治療後
(レントゲン)
右上の一番奥の歯(大臼歯)のレントゲン写真です。本来、歯を支える骨は歯の根元までしっかりありますが、黄色い線で示したように、歯の根元を覆うはずの骨が大きく失われ、歯の根の先(根尖付近)まで骨が吸収されてしまっているのがお分かりいただけるかと思います。
これは、歯周病が非常に進行した結果、歯を支える骨が溶けてしまった状態です。特に奥歯(大臼歯)は、全体的にこのように骨が大きく失われていたため、多くの歯がグラグラと動揺し、物を噛むときに痛みが出て、初診時には膿が出ている状態(排膿)も確認されました。
【治療後】
このレントゲン写真は、再生療法を行った後の状態を示しています。以前のレントゲン写真では、歯を支える骨が大きく失われているのが確認できましたが、黄色い線に注目してください。この部分に新しい骨がしっかりと再生しているのがお分かりいただけるかと思います。
これは、歯周病で失われた骨が、再生療法によって回復した証拠です。骨が再生することで、歯が安定し、歯周病の再発を防ぐ効果が期待できます。
歯周病の治療ステップ
歯周基本治療とは
これは単に歯石を取るという作業ではなく、お口全体の健康を再構築し、長期的に安定させるための、いわば『口腔内のリハビリテーション』です。この治療で中心的な役割を担うのが、歯科衛生士です。
1. 治療のパラダイムシフト:
対症療法から原因療法へ
- 従来の虫歯治療:
「構造物の部分的な修復工事」
歯を削って詰める治療は、例えるなら建物の壊れた部分を修繕する「修復工事」です。もちろん重要な治療ですが、対処的なアプローチと言えます。 - 歯周基本治療:
「建築を支えるための地盤改良と環境設計」
一方、歯周基本治療は、建物(歯)が建つ『地盤(歯周組織)』そのものを健全な状態に改善し、そもそも問題が起きにくい環境を『設計』し直す、より根本的なアプローチです。この地盤が脆弱では、どんなに立派な建物(被せ物)を建てても長持ちしません。全ての歯科治療の成否は、この基礎工事にかかっているのです。
2. 歯周基本治療の具体的なステップ
このプログラムは、大きく2つのフェーズで進行します。
フェーズ1:感染源の徹底的な除去(原因除去)
歯周病の根本原因は、細菌の塊であるプラーク(歯垢)です。このプラークが石灰化したものが歯石です。つまり歯石は「日々の磨き残しの証拠」と言えます。このフェーズでは、患者さんと歯科衛生士がパートナーとなり、徹底的に感染源を除去します。
- 歯肉より上
(ご自身のセルフプラークコントロール)
日々のプラークコントロールは患者さんご自身の役割です。お一人おひとりに合った最適な清掃方法を習得できるよう、プロとしてサポートします。 - 歯肉より下
(歯科衛生士のプロフェッショナルケア)
歯周ポケットの奥深く、歯根に付着した感染物質(バイオフィルムや歯石)は、ご自身では決して除去できません。これを専門的な器具で精密に除去するのが歯科衛生士の役割です。これは単なる「歯石取り」ではなく、歯周組織が本来持つ治癒能力を最大限に引き出すための専門的な処置です。
フェーズ2:プラークコントロールしやすい
口腔環境への再構築
感染源を除去しても、汚れが溜まりやすい環境が残っていては再発は免れません。このフェーズでは、主に歯科医師が専門的な技術で、より清掃しやすい口腔環境を創り出します。
- 不適合なクラウンの修正
段差や隙間のある古い被せ物は、細菌の温床です。これを一度取り外し、清掃しやすく、かつ最終的な理想形を見据えた『プロビッショナルクラウン(治療用の仮歯)』に置き換えます。これは、歯ぐきが健康に治癒するための”ギプス”の役割も果たします。 - 戦略的な抜歯と治療用義歯
残念ながら、重度の歯周病で保存不可能と判断される歯は、周囲の歯への悪影響を防ぐために計画的に抜歯を選択することがあります。抜歯後の審美性や噛み合わせを暫定的に回復させる『治療用義歯』は、最終的な治療に進むための重要なリハビリの一環です。
3. 成功への鍵:プロケアと
『セルフコントロール』の実践
歯周病治療の成功、そして長期的な健康維持に最も重要なのが、患者さんご自身による日々の『セルフコントロール』です。これは、単にお口の清掃だけを指す言葉ではありません。良質な睡眠、栄養バランスの取れた食生活、適度な運動といった、身体の免疫力を高める生活習慣全般を指します。歯ぎしりや食いしばりのように、ストレスが誘因となって歯周組織にダメージを与える要因も存在するため、生活全体の質を高める視点が不可欠です。
そして、このセルフコントロールの中でも、最も直接的かつ重要な核となるのが『セルフプラークコントロール』です。これは、毎日の歯ブラシや補助器具を正しく使い、歯周病の根本原因であるプラークをご自身で徹底的に除去する技術のことです。
歯科衛生士は、専門的な技術で口腔内を改善に導くと同時に、患者さん一人ひとりに最適なセルフコントロールのプランを立案し、その実践を支える『メディカルコーチ』としての役割を担います。
歯周外科治療とは
精密な検査の結果、基本治療だけでは改善しきれない深い歯周ポケットが残ることがあります。これは、いわば地盤の奥深くに残る、通常の機材ではアプローチできない『硬化した汚染土壌』のようなものです。このままでは、どんなに素晴らしい建物を建てても、基礎の安定性が将来的に揺らいでしまうリスクが残ります。
この根深い問題を解決するため、この分野の専門家である『歯周病認定医』による、より高度な『歯周外科治療』という選択肢をご提案します。
1. なぜ外科的なアプローチが
必要なのか?:「不可視」から「可視」へ
歯周基本治療は、見えない内部を探りながら汚れを除去する「非直視下」の処置でした。例えるなら、地表からドリルを入れて地中の汚染を探すようなものです。
歯周外科治療は、麻酔下で歯ぐきを一時的に開くことで、歯の根や骨の状態を「目で直接見て確認(直視下)」できるようにします。これにより、汚染源の徹底的な除去が可能となり、治療の精度が飛躍的に向上します。
2. 歯周外科治療の目的と種類
目的別に、大きく3つのアプローチがあります。
- フラップ手術(歯肉剥離掻爬術):
『地盤の精密掘削・清掃工事』
最も代表的な外科治療です。歯ぐきを開いて歯根にこびり付いた感染源を徹底的に除去し、歯周病で凸凹になった骨の形を清掃しやすいように整えます。地盤を掘り起こし、汚染物質を根こそぎ取り除いて、きれいに整地し直すイメージです。 - 歯周組織再生療法:
『地盤の再造成工事』
条件が整えば、歯周病で失われた骨(地盤)を再生させることが可能です。骨が失われた部分に特殊な膜や薬剤(エムドゲイン®︎など)を適用し、骨を作る細胞を呼び込み、組織の再生を促します。えぐれてしまった地面に、新しい土を造成する高度な特殊工事です。 - 歯周形成外科(歯肉切除術など):
『周辺環境の景観・機能整備』
歯ぐきのラインが不揃いな場合や、厚ぼったく清掃しにくい場合に、その形を整える手術です。見た目を美しく改善するだけでなく、清掃しやすい環境を作ることで、再発予防に繋げます。建物の周りの景観を整え、メンテナンスしやすいようにデザインし直す工事です。
最終章:口腔機能回復治療とは
長期間にわたる歯周治療、いわゆる『地盤改良工事』により、お口の中は、これから新しい建物を建ててもびくともしない、最高の状態に整いました。
いよいよ、このプロジェクトは最終章へと入ります。それは、この健全な地盤の上に、失われていた機能と美しさを取り戻す『口腔機能回復治療』という、いわば“街全体の再開発プロジェクト”です
1. プロジェクトの目的:
単なる「修復」から「街の再建」へ
これからの治療は、単に歯の無い部分を補う「修復」ではありません。お口という名の“街”が、本来持っていた素晴らしい機能と景観を取り戻し、再び活気にあふれるための『総合的な再開発』です。当院が目指す“街の機能”とは以下の3つです。
- 食べる(咀嚼機能):
街のエネルギーを生み出す、効率的で力強い物流システム。 - 話す・笑う(発音・審美機能):
街の景観を彩り、人々の豊かなコミュニケーションを育む文化施設。 - 噛み合わせ(全体の調和):
全ての建物のバランスを保ち、街全体の交通網をスムーズにするインフラ。
2. “街”を再建するための、
多彩な建築技術
この再開発を成功させるため、各分野の専門家(建築家チーム)を結集し、最新・最適な建築技術を駆使します。
- 補綴治療(クラウン・ブリッジ):
『既存建築のリノベーションと連結』
傷んだ建物を美しく機能的な資材で改修したり(クラウン)、隣の建物を支えに新たな空間を架け渡す(ブリッジ)技術です。 - 義歯治療(入れ歯):『高機能なユニット建築』
広範囲に建物が失われた区画に、取り外し可能なユニットを設計・設置し、街の機能を回復させます。精密な設計と定期的なメンテナンスが鍵です。 - 矯正治療:『都市計画・区画整理』
建物の配置自体が乱れている場合、まず街全体のレイアウトを見直す『区画整理』を行います。歯並びを整えることで、交通網(噛み合わせ)と景観(見た目)を劇的に改善します。 - インプラント治療:『最新技術による新築工事』
更地になった場所に、独立した頑丈な基礎(インプラント)を地盤に直接打ち込み、新しい建物をゼロから新築する最先端の技術です。周囲の建物に負担をかけず、元からあったかのような機能と見た目を回復できます。
まとめ:マスタープランに基づき、
最高の未来を創造する
これらの多彩な建築技術をどう組み合わせ、どの順番で進めるか。それを示したものが、患者さん一人ひとりのための『マスタープラン(総合治療計画)』です。
この壮大なプロジェクトは、各分野の専門家(認定医、矯正医、口腔外科医、歯科技工士)、日々のメンテナンスを支える歯科衛生士、そして何よりもプロジェクトの主役である患者さんご自身とのチームワークによって成り立ちます。
治療には時間がかかるかもしれません。しかしそれは、10年後、20年後の患者さんの人生が、より健康で、より豊かになるための、最高の自己投資です。
当院と一緒に、最高の“街”を再建する旅を始めましょう。
担当医 | 関西 一史先生 |
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主訴 | 重度歯周病でたくさん抜歯と言われたが抜きたくない |
期間 | 3年(メインテナンス予防8年目) |
費用 | 総額3,318,800円 |
治療内容 | 全顎治療:歯周病治療、歯周組織再生療法、FGG(遊離歯肉移植術)、矯正治療、セラミック治療 |
治療に伴うリスク | ・歯周病治療の効果を発揮するのは、口腔衛生環境の維持にかかっているため、正しいケアと歯科医院でのメインテナンス予防が必要です。 ・くいしばりや歯ぎしりがある場合、負担がかかりやすくなり、割れや欠けが発生する可能性があります。 |